バトルガレッガ

(アーケード  1996年2月 エイティング/ライジング)


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バトルガレッガ



 もう語ることがあり過ぎて、何から語ればいいのか…。
これを読んで、ガレッガプレイ経験がある方は当時のことを思いだし、未プレイの方は
このゲームを遊んでみようかと思っていただければ幸いである。



 まずは俺とこのゲームとの出会いから語ろう。バトルガレッガとは96年2月に
エイティング/ライジングより発売されたシューティングである。
 俺がこのゲームのことを初めて知ったのは、今は亡きゲーメストの新作紹介の
記事であった。
 もとより、俺はこのメーカーのシューティングを気に入っていた。少し特殊な世界設定、
妙に凝った演出、そしてシューティングの爽快感・緊張感を持った第一作「魔法大作戦」の
頃から好きだった。
 その後に発売された「疾風魔法大作戦」はちとイマイチだったが、それでも
好きだったのである。そのメーカーが新作を発表。しかもシューティング。この段階で
十分に俺が手を出す要素は揃っていたが、それに拍車を掛けたのがストーリーと
画面写真であった。


ストーリー

 小さな工場を営み、機械いじりを何よりの楽しみとするウェイン兄弟。彼らは
連邦政府からの誘いにより連邦の兵器開発主任となる。そして今まで作ってきた飛行機や
自動車と同じ感覚で兵器を作り上げていくが、しかし連邦が始めた戦争の惨状を
目の当たりにし、自分たちの兵器がどのような結果を生んでいたかを知る。
 自分たちがしてきたことの意味を思い知らされたウェイン兄弟は、最後の作品である
戦闘爆撃機を駆り、自らが生み出した兵器を葬り去ることを決意する。


 二人の技師、彼らが抱いた夢、そしてそれを実現する手段、それによって生まれる現実。
己が夢を潰すことになると知りつつも、現実のツケを支払うために闘う彼ら。
これをロマンと言わずして何をロマンと言うのか。


 更には画面写真も、ストーリーに負けず劣らず渋いのである。メタリックグレーを
基調にした、「暗い」とすら感じられる画面、しかし尋常ではない描き込み…。
記事を読み、写真を眺めるにつれ、否が応にも期待は高まっていった。
そしてついにゲーセンにてガレッガを発見し、早速プレイ。
俺はファーストプレイで即座にガレッガにハマり、すべてはここから始まった…
かと思いきや、実は第一印象はかなり悪かった。恐らく、今までプレイしたゲームの中で
最悪の部類に入るであろうほどに悪かった。理由は簡単で、敵弾が見えない。
これに尽きた。


 ガレッガの敵弾は、大きく分けて4種類に分けられる。ひとつは小さい丸い弾、
二つは大きい丸い弾。三つ目に破壊可能な赤い弾。そして、問題の四つ目…、
俗に「針段」と呼ばれる、細い弾。

 これがとにかく見辛いのであった。慣れれば確かに見分けはつくようになるが、最初は
誰もが気付かずに食らってしまうことだろう。当然、俺もそうであった。
スタートしてすぐ、何もわからぬうちに一機が墜とされる。更にもう一機。
最後にボス戦でラスト一機が墜とされる。
唐突に始まるコンティニューのカウントダウン、そしてゲームオーバー画面…。

 どんなゲームでもそうだが、「いつ死んだかわからない」というのは、非常に
理不尽な感じが付きまとうものである。そしてこの理不尽さは、俺の許容範囲を越えていた。
 「こんなゲーム、二度とやらねえ」これが俺の第一印象であった。



 しかし、数ヶ月が過ぎて転機が訪れる。当時定期購読していたゲーメストの編集後記にて、
ライターのRED氏がガレッガを非常に高く評価していたのであった。


 ―――マジでシューティングの歴史に残る名作だと思う。
弾が見にくい、なんてつまらない理由でやらないのはもったいなさすぎるぜ!
シューターの狂気と開発者の狂気が激突する後半面の熱さはハンパじゃないのだ。―――


 雑誌の編集後記というのは、意外にライターの本音が見え隠れするものである。
紙面では語れぬものが語られていたりすることが決して少なくない。その場でここまで
評価されているのである。「そこまで言うならやってもいいか」その文章は、
そう思わせるには十分だった。

 2度目のプレイは意外とすいすいと進み、3度目のプレイでは
(ビギナーズラックも手伝ってか)更に調子よく先へと進むことができた。
残念ながら5面中ボスで終わってしまったが、席を立つときには手のひらに
汗が滲んでいたことをよく覚えている。
 「これ、面白いかも知れない」印象は変わっていった。



 さて、唐突だが大抵のシューティングには「ランク」と呼ばれるものがある。これは
所謂「難易度」のことである。と言っても、家庭用のようにオプションモードで
変化させるようなものではなく、プレイ中に上下する難易度のことである。

これはグラディウスシリーズなどが有名で、1面でフル装備にしたりするとランクが上がり、
3面あたりから敵が激しい攻撃をしかけてくるようになる。しかし、必要最低限の
装備で進むとランクがほとんど上がらず、別のゲームのように攻撃が緩やかになる。

 このランクを逆手に取り、可能な限り難度を上げないようにすることを
「ランク調整」という。これはランクが存在するシューティングのほとんどで
有効な手なのだが、ガレッガはこれがとにかく重要なゲームであった。

 何しろランクはアイテム取得数・パワーアップ・ノーミス時間などに比例して
上がっていくのである。
まあ、これだけならまだ他のシューティングと大差ないのだが、ガレッガは
これらの要素に加えて「ショットを撃つ」ことでもランクが上がってしまう。
パワーアップすればショットの発射弾数が増え、ランクが上昇しやすくなる。
連射なんてもってのほか。そのためひたすらに余計なアイテムは取らず、
極力ムダ弾を撃たずに先に進んでいくことになる。

 しかし、そうやってランクの上昇を抑えてもやはり難度は上がっていく。
ランクが上がると当然クリアは難しくなるし、究極的にはクリア不可能になる。
そこでランクを下げる必要性が出てくるのだが、実はランクを下げる手段というのは
死ぬこと以外に存在しない。


「そんなのすぐにゲームオーバーになるじゃんか」

確かに、普通はそうだ。しかし死なねばランクは下がらない、ランクが下がらなければ
クリアはできない。ではどうするかと言うと…、そう、稼ぐのだ。
稼いで残機を増やし、残機を潰してランクを下げ、次の残機のためにまた稼ぐ。

 この「稼いで死んでまた稼ぐ」という一見無茶苦茶にしか見えないシステムが、
ガレッガでは見事に成り立っていたのである。更には稼ぎ自体も非常に深く、熱い。

雨あられと降る敵弾をかいくぐりながら点数アイテムである勲章を回収して稼ぎ、

ウェポン(ボム)を使って地上物を破壊して稼ぎ、

ボスの猛攻を避けつつパーツを破壊して稼ぐ。


 この凄まじいシステムと熱い稼ぎの面白さに魅せられた者は数知れず。
当然俺自身もその魅力にハマっていった。

 一癖も二癖もあるボス達も、また魅力的であった。初めて見たときは
ラスボスかと思った初心者殺しの5ボス・ブラックハート、
ビデオを買ってようやく抜けることのできた6面中ボス砲台地帯、
第3形態で気圧されて何度となく葬られた6ボス、
そして…ラスボス以上に強いといわれる7面中ボス「死神」ブラックハートII。
中でもブラックハートII、こいつには何機殺されたかわかりゃしねえのに、
それでもこいつと戦うのは楽しくてしょうがない。何度戦おうと、何度倒そうと、
それでも会うたび会うたびに初めて会ったときの緊張感がある。

これは素晴らしい敵の、「好敵手」の条件だと思うのだが、ブラックハートIIは
それを満たしている数少ない敵のひとつ、いや、ひとりである。


 それに何より、ガレッガは撃ちこむことが気持ちいい。ただまっすぐ飛んでくるだけの
弾なのに、避けることが楽しくてしょうがない。

「撃って避ける」ことの楽しさという、シューティングの基本も十二分に存在していた。



 本腰を入れてプレイを始めたのは96年の夏頃だっただろうか…。
それからビデオを買い、CDを聴きまくり、数え切れないほどプレイを繰り返し、
97年末にようやく俺はこのゲームをクリアする。

そして現在…発売からは既に5年の歳月が経ち、クリアからは3年以上の時が
流れたわけだが、それでもゲーセンで見かけるとついコインを入れてしまう。
さんざ遊んだにもかかわらず、やっぱり面白いものは面白い。

 何度遊ぼうと「面白い」と思わせてくれるその理由は、決して過去の思い出に
よるものなどではない。名作が名作と呼ばれる所以が、ここにある。
これほどのゲームに出会えたことに、これほどのゲームを生み出した開発陣に、
感謝するばかりである。



 なお、余談ではあるが、かの怒首領蜂の開発者は、怒首領蜂製作初期に
「難度を抑えて初心者向けのゲームにしよう」と考えていたそうだが、
ガレッガを見て「そんなことを言ってたら、これには勝てない」と思い至り、
結果あのような凄まじい弾幕が生まれたそうである。

 自分が心底好きなゲームが、また別の名作の誕生に影響を与えたというのは、
なんとなく嬉しいものである。



2001.02.03
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