06/03/12 アップ

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『スグリ』 side:A その2


**************



「ダメか……」

ガレキの山の中、小さなバラック。手狭な場所にうず高く積み上げられた機械類、地面や
天井を這い回るように張り巡らされた数多のケーブル。

その中に一人の男が居た。男は台座の前に置かれた背もたれのない小さな椅子に腰掛け、
眉根を寄せ、顔を両手で覆っていた。

「ダメか……」

再び、男のつぶやきが漏れる。


『守り神』を生み出す際に用いた数々の技術。そのときには気付かなかったが、それらは
かなり応用が利くことが後に判明し、それを使ってこの星を甦らせることのできる『ヒト』
を作る、それが彼の目的だった。だがその目的は、今現在、あまりに遠くなってしまった。

はじめは失敗が続いた。作り出した『ヒト』は、どこかに何かしらの欠陥を抱えていた。
だがその失敗を繰り返すうち、次第に完成形に近づけることができた、しかしそれもここ
までだった。部品が底をついたのだ。

使えそうなものは全て使った。ガレキの山をひっくりかえし、ジャンク品の山を掘り返し、
ありとあらゆるものを流用した。それでもやはり足りない。もうダメなのではないか。そ
んな思いの中、ふと既視感にとらわれる。

「あれは……ああ、思い出した」

そうか、『守り神』のときだ。あのときもこうだった。数え切れぬほどの失敗に心を折ら
れ、部品も足りず、周囲の期待さえプレッシャーでしかなかった。
だが、男は耐え切った。そして、『守り神』を生み出すことに成功した。親友と、二人で。

しかし、男は思う。

今ならよくわかる、『守り神』を生み出せたのは間違いなく奇跡だった。それも、自分と
あの親友との、二人分の奇跡だ。今やろうとしていることには、そのくらいの奇跡が必要
なのだ。この星に残ることを決めて以来、やれるだけのことをやるまでは諦めないつもり
ではいたが、それでも男は自分の心が折れそうなのを痛感していた。


「お父さん?」


不意に聞こえたその声に、男は顔を上げ振り返る。白い髪、白い肌、そして赤い目。バラッ
クの入り口、そこに居たのは男の愛娘だった。


「……ダメじゃないか、肌を出しちゃ」
「ううん、今日は大丈夫。身体の調子はいいし、それに日差しもすごく弱いから」


男の娘は白子だった。生まれつき色素が薄く、そのため頭髪は真っ白で、肌は病的に白い。
その目は色素の無さから、血の色が透けて見えていた。


「でも、戻りなさい、ここは」
「あのね」

男の言葉を遮り娘は言う。

「私の身体を、使って」

男は口を開き、何かを言おうとしてまた閉じ、そしてまたゆっくりと口を開いた。
「……何を、言って」
「お父さんはいつも辛そうにしてた。溜め息が増えた。他の人と話してるのも聞こえた。
……研究がうまく行ってないって」
「……盗み聞きはよくないよ」
「……ごめんなさい。でも、人の身体を使えばなんとかなるかも、って他の人が言ってた
でしょ。不足分を補えるって」
「そこまで聞いていたのか」
「ごめんなさい。でもそれで何とかなるなら、私の体を使って」
「ダメだ」

男は強く言い放つ。

「ダメだ。それはできない。そこまで聞いていたなら、私がダメだと言ったこともわかっ
ているだろう。その理由もね」
「わかるよ。わかってて言ってる」

娘は一歩も引かない。
男は戸惑う。そして諭すように言う。

「どうして、そんなにこだわるんだい。どうして、わかってても言うのか、教えてくれな
いか」
「お父さんが辛そうだから、なんとかしたかったから。それに」
「それに?」
「お父さんと一緒だよ。この星をなんとかできるなら、なんとかしたいから」

娘は迷い無く言い放った。

それはただ世間を知らないだけなのかも知れない。過去に心が折れたことがないから、そ
の痛みを知らないからこそ、口にできた言葉なのかも知れない。男は迷った。迷った末に、
娘の目を見た。

娘の目は、その言葉と同様に迷いが無かった。


男は親友を思い出していた。今はこの星にいない親友を。その親友はこの星に残ると言っ
た男を説得しにきた。しかし男はそれを拒否し、この星をどうにかする、と言った。

あのとき。おまえが感じたものは、今私が感じているものと、同じなのかな。
男は宇宙に旅立っていった親友の、諦め半分、期待半分といった表情を思い出し、問い掛
けた。その問いに対する答えは、当然の如く無かったが、しかし娘に対する自分の答えを
出すことはできた。


「そこまで言うなら、わかったよ」


かつて男が、その親友に言われた言葉だった。男は、覚悟を決めた。


「上手くいかないかも知れない。上手くいっても、もう元に戻ることはできない」
「大丈夫」
「それに、この星をどうにかできる保証もない。……それで、いいんだね?」
「それも、大丈夫。やれるだけのことはやるから。……お父さんもそう言っていたでしょ」

苦笑い。言われてしまった。

「準備が必要だ。一旦家まで送ろう。その後で私は準備を整える。明日までに、必要なこ
とは、やっておいてほしい」
「わかった」
「明日はこちらから迎えに行く。それで、いいね?」
「うん。わかった」

男と娘は互いに目を合わせ頷き合う。男は娘と共にバラックを出た。
夜が訪れ、長い時間が経ち、朝が訪れた。


そして。様々な技術が娘の身体に組み込まれた。それに伴ってであろう、白い髪は銀色に
輝くようになり、病的に白い肌は少し血色が良くなった。目の色だけは変わらなかったが。


奇跡は起きた。
それは、男とその娘との、二人分の奇跡だった。




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