06/03/12 アップ

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『スグリ』 side:B その1


**************


そこは白くて広い部屋だった。大型の機械と大小多数のモニタがあり、壁には大きな窓が
あった。宇宙船の一室、司令室とでも言うべき部屋だった。

その窓の前にある大きな椅子に、一人の男が腰掛けていた。

彼は眼鏡のレンズ越しに、半眼で窓の外を見やる。ずっとずっと続く真っ黒な世界、そこ
にいくつも点在する光点。美しいと言えなくもない。だが、その光景を見る彼の胸中は複
雑だった。

「これだけ星があっても……住める星なんてひとつもない」

誰にともなくつぶやく。



ひとつの星があった。その星は度重なる戦争をはじめとする様々な事柄によってボロボロ
になった、それこそ人が住めなくなるほどに。無論、人口も激減した。わずかに残った人
々は二派に分かれた。新天地を求め宇宙へ旅立つものたちと、残って星を再生すべくその
方法を探るものたちとに。この宇宙船には前者に属する人々が乗っていた。そして、彼は
前者に属するものたちのリーダーであった。

だがそれは彼にとっては望まぬ立場であった。本来、彼は、彼の親友こそがリーダーに相
応しいと思っていた。だが、その親友は星に残ることを選んだ。彼は親友を説得しようと
するが、星を再生しようとする親友の、その力強い眼差しに負け、"こちら側"に引き込む
ことを諦めた。そして彼がリーダーとなった、科学者としての能力ゆえに。だが、彼がリー
ダーになったことを快く思わない者もいた。

彼はその能力ゆえにリーダーとなった。だがその能力ゆえに嫉妬を抱かれ、また彼自身、
それを上手くやりすごす術を知らなかった。結果、船内には小さな、しかし深い対立構造
が生まれていた。それは船内の大多数の人々には無関係な対立だったが、彼にとっては大
きな心労の要素だった。だが彼は耐えた。自分を選んでくれた人たちのために。かつて別
れた友との約束のために。

しかしあるときそれは崩れた。

かつて移住に相応しい星が発見されたことがあった。だが船の『守り神』は危険信号を出
し、彼もそれを信じた。しかし、彼に対立する人々や、新天地の発見に湧き立つ人々はそ
れを信じず、降りていき、そして原住生物に殺された。恐竜のような生物だった。

船は即座にその星を後にしたが、このとき死んだ人間は少なくなかった。

彼はその立場から責任を追及され、彼を含む指導者達の生き残りの間で話し合いが行われ
ることになった。そして、その場で彼は殺されかけた。


「あの男と二人で『守り神』を作った頃から、急に我が強くなりやがって。お前は俺の操
り人形に丁度いいと思っていたのに。残念だ」


それが彼に銃口を向けた人物の台詞だった。その人物は、彼をリーダーとして支持した一
人だった。彼が腹心として信頼する人物だった。


必死に逃げたこと、倉庫のような場所に逃げ込んだこと、そこに入り込んできた一人と乱
闘になったこと、銃を奪い取ったこと、引き金を引いたこと。その後は一人ずつ、こちら
から探し出し、見つけ次第引き金を引いたこと。

それが、話し合いの結果だった。

彼は耐えて来た。自分を選んでくれた人たちのために。かつて別れた友との約束のために。
だが自分を選んでくれた人たちは、自分を裏切った。あくまで傀儡として選んだだけだっ
た。

迷う。

では友は? かつて故郷のあの星で、自分を信じ、協力しあい、一緒に『守り神』を生み
出した、あの友はどうだったんだ?

迷う。迷う。

待て。俺は何を考えている。あいつは俺と一緒に『守り神』を生み出した。その最中、俺は
あいつを信頼するに足る人物だと判断した。どうだったもこうだったもないだろう。

本当に?

だが、そもそもあいつは何故俺に関わった? 何故『守り神』を生み出すためのパートナー
に俺を選んだ? 俺の知識と技術が有用だったから。それだけ? 知識と技術ならほかに
いくらでも都合のいい連中がいただろう。妙だ。思い出してみれば、あのとき、俺は浮か
れていた。あいつが俺を選んだことに。情けない話だが、誰かに必要とされることに浮か
れていた。それが俺の判断を鈍らせたか? 本当はもっと違う理由があったのではないか。
俺を選んだことには。最後に会ったとき、あいつは「『守り神』に用いた技術はかなり応
用が利く事がわかった」と言っていた。それが目的か? あいつにとっては、『守り神』
すら試作であり、俺たちはその試作の仕上がり具合を確認するための存在でしかないので
はないか? だからこそあいつは星に残ったのではないか。この船に乗ることを拒んだの
ではないか。

信頼するに足る人物? こいつらと――今は骸のこいつらと――どう違うかもわからない
あいつが?

迷う。迷う。迷う。

故郷の星を離れてからの年月は、長かった。その間、誰一人として自分を支えてくれる者
もおらず、自分が支えるべきものもいないこの船の中。彼が、彼自身の膨れ上がった暗鬼
に飲み込まれるのに時間はかからなかった。

だがそれとて、今となっては昔の話。




「住める星なんてひとつもない……」

再びつぶやく。椅子に深く座りなおし、星々の海を眺め、彼は思う。あの星を離れて、何
年経っただろう?

操作盤にある経過年数を見る。旅立ってからの年数を示すその欄は、既に4桁。それも、
あとほんの少しで5桁に届こうかといわんばかりの数だった。以前この操作盤を見たとき
は、まだ4桁の後半に差し掛かったばかりだったはずだ。その前に見た時は4桁になって
少ししたところだった。更にその前は3桁、更にその前は……

やめた。こんなことを考えても意味がない。無駄でしかない。一応とはいえ指導者である
以上、機器のメンテナンスや『守り神』からの通信確認のため、他の連中よりも細かい周
期で冷凍睡眠から目覚めているとはいえ、新天地が見つからない以上は起きている意味も
ない。何より、他の連中は只々寝るばかりなのに、俺だけこんな面倒を任されるのも面白
くない。また冷凍睡眠に戻るか、そんなことを考えた直後。操作盤とその上のモニタ類が
点滅を始める。そして、大型のモニタに、船の周辺の宙域図が表示され、船の進行方向に
ある星が示されていた。同時にメッセージが表示される。


「移住に相応しい星を発見。条件はすべて該当」


『守り神』が見つけ出したらしい。危険信号もない。彼は膝を叩き、歓喜の声をあげた。

これだ。これは俺のものだ。あいつらなんかには勿体無い、俺一人のものだ。だが、もし
も、もしも誰かがいたらどうする。そのときはそいつらを皆殺しにすればいい。そうすれ
ば誰のものでもない、俺のものになる。

俺のものに。俺一人のものに。

自然と笑いが浮かぶ。ここまで長かったが決して無駄にはならなかった。これまでに失っ
た連中は多かったがそんなのは問題ではない、丁度前回に目覚めたときに何でも言うこと
をきいて、なんでもこなせる部下を作ったのだから。今までに失ったあんな連中なんて、
数のうちにも入らない。


彼は『作った』5人の部下のうち一人を呼び出し、命令を出した。
その内容は、星の調査。そして知性体が居た場合は、その存在の抹殺。




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