06/03/12 アップ

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『スグリ』 side:B その2 


**************


「移住の条件を確認。範囲は半径10光年。探索を開始します」

――それが彼女の初仕事の最初の発言だった。そして、その初仕事は、未だ終わりそうも
ない。


ひとつの星があった。その星は度重なる戦争をはじめとする様々な事柄によってボロボロ
になった、それこそ人が住めなくなるほどに。無論、人口も激減した。わずかに残った人
々は二派に分かれた。新天地を求め宇宙へ旅立つものたちと、残って星を再生すべくその
方法を探るものたちとに。この宇宙船には前者に属する人々が乗っており、彼女は前者に
属するものたちの『守り神』であった。

船員たちの新天地を探し、また、船員たちの生命を守る。それが『守り神』であり、船の
意志そのものと言ってもいい存在である彼女の、主たる任務だった。だが、その任務は簡
単なものではなかった。原因は外的要因ではなく、内的要因である。

目的を同じくする人々の集まりだったはずなのに、長い旅の中、その集まりには深い対立
が生まれていた。そして、その対立は死人を出すまでに至った。多くの人命が失われ、そ
の中には指導者級の人物も少なくなかった。それにより、数人いた指導者たちは、一人に
まで減っていた。その一人こそ、『守り神』を生み出した二人のうちの片割れだった。

だが――。


「起きろ」

――声が聞こえる。またあの声だ。これで何回目だろう、5……いや、6回か。

そこは船の中枢というべき区画だった。船全体のシステムを管理・制御するための部屋。
そしてその核となる『鍵』が入り込む、中空の柱。その中に彼女はいた。

「起きろ」

再び声。静かに目を開く。微かな違和感。薄緑の強化ガラスの向こうに、何度となく見た
顔があった。

「お目覚めはどうだい」
「……最低ね」
「言ってくれるね」
「言うわよ。前回みたいな用件ならお断りよ」

だが――、『守り神』を生み出した二人のうちの片割れ、この船の指導者級の人物でただ
一人生き残った彼は、果てしなく歪んでしまった。狂った、と言ってもいい。

「ああ。あれか、異星人の襲撃を撃退した件」
「物は言い様ね? 私に言わせて貰えば、あれは略奪もいいところだったわ」
「不可抗力さ。話し合いの余地なく襲い掛かってきた異星人を撃退し、誰にも使われるこ
とのないであろう燃料や数々の部品を手に入れただけ」
「脅迫して彼らを追い詰め、必死の抵抗に出たのをいいことに私を駆り出し、そして殲滅。
後に残った宝の山は独り占め……。そんな筋書きが不可抗力とはね。笑わせないで」
「だがお前が出なければこちらは全滅していたかも知れない。違うか?」
「……」
「違わないだろ?」
「本当にロクでなしね、貴方」
「フン。ま、いいさ。とにかく、今回の用件だが」
「お断りよ」
「最後まで聞けよ。今後一切『守り神』サマの手を煩わせずに済むための方策だ」

彼の話はこうだった。

私の持っている様々な知識と技術の全てを公開しろ、それにより俺たちはもっと長く生き
延びることができるようになり、そして移住可能な星を探し出せる可能性も高くなる、さ
あよこせ、と。

考えるまでもなく、嘘だと思った。

「上手いことを言うわね。本当に物は言い様ね?」
「おや。信用できないとでも?」
「その通りよ」

船内の生体センサーで、彼の反応を見てもわかる。明らかに嘘だ。

「ふーん。流石に信用されないか。じゃ、本当のことを話そう」

さっきの嘘から、ある程度の予想はついた。しかし彼は、それ以上にロクでもないことを
言い出した。

「人間の身体と脳に改造を施して、俺の忠実な部下を作りたい。そのための技術と知識を
寄越せ」

何を言っているのか、と思った。

「どういうこと?」
「だから言っただろ? 『守り神』サマの手を煩わせずに済む方策。そのために必要なの
さ。作り手の俺でさえ知らないブラックボックスを持っている、お前の技術と知識が」
「嫌よ」
「へえ? ならそれでいいさ。俺は俺のやり方でお前のブラックボックスの中身に辿り付
いてやる。実験を重ねれば、俺の欲しい技術も知識も、そう遠くはないからな」
「実験?」

気付いた。最悪の予想。

「まさか」
「察しがいいな。そう、実験の材料は幾らでもいる。しかも素体は冷凍保存済み。弄くり
まわすには好都合」
「とことん、ロクでなしね」
「しかし、遠くはないと言っても手間はかかる。可能なら無駄は省きたい。そこでお前に
頼るわけだ。さあ。技術と知識を寄越せ」

生体センサーで確認する。嘘ではない。更に認めたくない事実も確認された。作動中だっ
たはずの冷凍睡眠カプセルの幾つかが機能を停止している。そして、中にいた人の生体反
応がない。船内をくまなくスキャンしても、現在活動中の人間は、目の前の彼以外に存在
しない。

それは、つまり。

「貴方、もう……」
「そういうこと。話が早くていい」

彼女は、彼は既に手遅れだと悟った。彼の存在は最早この船にとって害悪でしかない。こ
の船を、皆を喰らい成長する悪鬼だ。決意する。彼を殺すしかない。殺すしか。

だが。私は『守り神』だ。船員たちの新天地を探し、また、船員たちの生命を守ること、
それが私の主たる任務だ。そして目の前の彼も、船員のひとりには違いない。いいのか?
殺して?

しかし彼の生存は許されない。それは他の船員たちすべての脅威となるから。ここで殺す
のが最善の策。胸が痛む。だが仕方ない。彼の消去、その手段の選択――。

しかし、おかしい。妙だ。彼の声を聞き、目を開いたときから感じていた微かな違和感。
何かが抜け落ちたようなこの感覚、これは一体何だ? そもそも、冷凍睡眠カプセルの機
能停止に何故気付けなかった? 船内の異常は全て私に情報が伝わるはずではなかったか。

そこで彼女は気付いた。幾つかのセンサーやシステムとのリンクが遮断されていることに。
そして、船内における異常を排除する手段――つまり、彼を消去するための手段、その全
てが封じられていることに。

彼の目を見据える。彼は、にやりと笑った。

「こういうことには、頭が回るのね」
「これでも元開発者なんでね。それに安全第一ってやつ。あと、自力でなんとかしような
んて思わないこと。俺が死んだときはこの船の船員全てが道連れだから」
「ああもう……わかったわ」
「データとして転送しておいてくれればいい。そうそう、嘘はつくなよ。改造が上手く行
かなかったら俺は自分で実験を重ねるだけだからな」
「わかってるわよ……この」
「――『ロクでなし』?」
「――人でなし」

彼は軽く鼻を鳴らし、そして部屋を後にした。


それから後、彼はこの部屋には来ていない。センサーで探る限り、5人ほど部下を『作っ
た』ところで、満足して眠りについたようだった。


――それも随分と昔の話。あれから結構な年数が経過した。数時間ほど前に状況確認のた
めに冷凍睡眠から目覚めた彼も、その部下も、今はその力を振るう対象がいないらしく大
人しくしているようだ。

できれば何事もなく過ぎて欲しい。彼らの力……暴力としか言い様のない力が振るわれる
ことなど起きないで欲しい。それができなくとも、せめて、安心して皆が住める星だけで
も見つかれば――。そう思った矢先。探索範囲の片隅に、ひとつの星が引っかかった。い
つものように移住条件を確認し、星の環境に照らし合わせる。問題無し。

問題無し。移住条件は全て該当。

見つかった。これこそ、私たちの――皆の新天地だ。しかし、この宙域、この星。そして
何より、星にいるあの生命体。

「まさか……」

彼女はその星の、集められる限りの情報を集め、そして確信した。間違いない。私の知る
姿とは全然違うけど、でもこの星は、一万年前に飛び立った、あの――

思考が中断された。船から幾つかの影が、星に向かって飛び立ったからだ。その影は調査
と探索を主目的とするロボットたち、そして、彼に『作られた』部下のひとりだった。


それが、はじまりだった。


『男』は既にこの世を去った。星の未来と、娘の未来と、皆の未来を案じながら、そして
同時に信じながら。
『娘』はあれから頑張った。かれこれ一万年ほど頑張った。たった一人の『ヒト』だった。
『彼』はすっかり歪んでしまった。それこそ取り返しのつかないほどに。友との約束も失
われるほどに。
『彼女』は胸を痛めた。これから起こるであろう出来事に。彼を消さねばならないことに。


――たった一人の『ヒト』は、スグリと呼ばれた。




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